月別アーカイブ: 2019年11月

学歴を金で買う時代

NUSからのGMAT免除の通知

先日、NUSからMBA受験に関するメールが来た。なんでも7年以上社会人経験があるとGMATが免除されるらしい。さらに説明会の会場はリッツカールトンだ。

私は一時期NUSのMBAを取ろうと考えたことがある。せっかくシンガポールに行くのだからと思ったのだ。でもその後、一流大学のMBAをとったのに就職活動がうまくいかない知り合いをみてやめた。ただその時にメーリングリストには登録しといた。

NUSのMBA受験には基本的にIELTSとGMATのスコアが必要となる。IELTSの足切りスコアは6.5と負担はそこまで高くないが、GMATは大変である。これは結構本腰をいれないといいスコアはとれない。GMATが免除となるとNUSのブランド欲しさに受ける人はいるかもしれない。シンガポールでは学歴はEPやその後の市民権(PR・Citizen)を得るうえでものすごく大事だ。

私が渡星した4年前は確かMBAの金額は50,000SGDいっていなかったと思う。それが今は65,000SGD+消費税がかかってくる。消費税をいれると70,000SGD弱となる。一方でNUSのMBA(part time)が地盤沈下しているという噂も聞いている。これは想像だけど、

- 授業料をあげすぎて入学要件を緩和しないと人が入ってこない
- MBAランキングは卒業生の年収にも左右される。あらかじめ学費を払えるだけの収入、能力がある人を確保し、ランキングを維持したい。

その結果、NUSのブランドだけが欲しい社会人学生が増えても、大学としてはお金を払ってくれてありがとうということだと思う。

私が出会った高学歴の同僚たち

私は一時期、シンガポールでもBig4の一つで働いていた。私の入った部署は監査ではなく、国際税務のチームだった。そもそもシンガポーリアンが少なかったが、シンガポール人の同僚はほぼシンガポールの高校を経由しイギリス、アメリカの大学を出ていた。

- Said Business School, University of Oxford
- The University of Melbourne
- London School of Economics and Social Science

NUSやSMUもいたが本当にわずかで基本は欧米圏の大学を卒業していた。シンガポールの学歴社会は過酷である。そこについていけなくなった時に親は外に子供を出す。本当に文字通り学歴を金で買うのだ。しかし結果的には
NUSやSMUなどの大学の卒業生と何ら変わらない扱いを受ける。つまり差はない。

金持ち喧嘩せずとはよくいったのもので、人より抜きんでる人というのはうまく競争を回避した人だと私は思っている。優秀な人が勝つのではなく、うまく勝ち抜ける道を見つけた人が勝つ。あのZOZOの前沢さんは自分は競争は嫌いだ、と公言している。彼の女癖については最悪だと思うが、仕事論については私は賛成している。学歴も超重要だが、高学歴が金で手に入る時代、どの業界に身を置くのか、何をするのかがもっともっと重要である。これを間違えると一生競争にさらされることになる。例えば監査。監査は今や日本でもシンガポールでもレッドオーシャンである。安定しているという理由だろうか、シンガポールでも監査の方に高学歴の人が集まっていた。いわゆるNUSやNTUを出たシンガポール生え抜きのエリートである。でも優秀だからといってお客さんを引っ張ってこれるわけでも業績を伸ばせるわけでもないのだ。監査という業種は新規に上場する会社が増えないと盛り上がらない。残念ながらシンガポールの証券市場は規模が大きくない。もちろんシンガポールの法規上、法人はいかなる規模であろうと監査を受けなくてはならない。でもそうであっても複雑で重要な取引が発生しなければ監査の価値は低い。優秀さを買い叩かれる事態が発生してしまう。

リーマンショックが始まる前にMBAという学歴をアメリカで手に入れた人は正しかった。正しい時に正しい場所で武器を手に入れた。しかし、今はどうか。私はMBAは昔の輝きを失ったと思っている。MBAの受け皿だった金融機関に勤める友人はいまや職を失うことを心配している。学歴は大事である。でももっと大事なのは何の業界で働くか、何のスキルを強みとするのか見極めることだと思ったNUSからのメールだった。

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英語の難しさにびびった話

さて前回の話の続き。さっそくオリエンテーションから帰ってすぐにテキストを確認した。英語のテキストは新年度に配付されるので算数のテキストを開いた。

文章だらけ。数字は少し。これはやばい。ちなみに聞かれていることは難しくない。10までの概念が分かっていれば解ける話であり、日本語だったら問題はない。でも英語が読めなかったらそもそも何が聞かれているのか分からないだろう。

娘は8月からインターに行っている。インターは8月から新年度が開始されるので今は年度の最初の方である。でもそれを考慮してもインターで求められる読み書きのレベルは年長さんの年度に関していうと全然高くない。例えば、Daddy saw the dog.とかこんな程度である。一方、ローカル校。

My name is Kenny and I am 6 years old. We learn to read and count together. What a special place my school is! 実はこれでも文章を端折っている。この倍の文章が一問につき出てくるのだ。ローカル1年生のレベルが既に日本でいうところの中学1年生の英語といっても過言ではない。

超まずい。英語はインターでやるからと思ってインターに移った後は何もしていない。さらに面接で先生から長女の出来をほめられたのですっかり油断し手当てをしていなかったのだ。

オリエンテーションの次の日、さっそく英語の塾に長女をつれていった。会話は全然問題ないが、読みは強化した方がよいということだった。一定期間は学年相当よりも下のクラスで勉強することを提案された。

真っ青になっている私の横で長女は「ママ、すごくゲーム楽しかったよ(長女には英語のゲームに行くから楽しいよといって連れてきた)」とのこと。ほとんど全部単語を読めなかったはずなのに何が楽しかったのかさっぱり分からないが、とにかく楽しかったらしい。義父は競艇、実父は競馬が好きなので予想すること自体がたまらないということだろうか。いかんせん、外れの予想をし続けられても困る。

一方、夫。英語の塾を調べている私にいきなり自分の携帯を差し出してきた。「Kitoriが口数が少ないからさ、俺の先行きが心配なのかと思って。ほらエージェントから結構メール来ているでしょ。」 非常に陽気である。私は改めて夫が草食系暴走男であることを認識した。

帰任問題、娘の英語問題、夫の転職。まだまだ私の忍耐期間は続く。
 

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Primary School Orientation

先日、新入生のオリエンテーションに主人と出かけた。教科書の配布と制服の採寸ということで油断していたのだが、入学式のような盛況ぶりだった。軽い内容の割にお爺ちゃん、お祖母ちゃん総出で来ている家族もいた。

門をくぐるとクラスが張り出されている。AからFまで6クラスあり、一クラス25人から29人である。そして半数は外国人だ。「はい、あなたはこっちですよ~」と長女は自分の名札を取り新入生の列へ。「ご両親は後方で見守っててくださいね」と私と主人はあっけにとられたまま後ろの保護者席へ。オリエンテーションの開始は8時半からだったが、ここはシンガポール。8時半を過ぎてもどんどん人がやってくる。遅刻前提の保護者達。遅れてくる保護者にはかまわずに校長先生がにこやかに挨拶をはじめる。

はーい、みなさんようこそ!もりあがっていますか~?(完全に意訳)

ここはパーティー慣れしているローカル生。イエーイと新入生も手を挙げる。

はーい、では皆さんの中でここのオープンハウスに来た人はいますか~?

しーーーーーん。手をあげる保護者、児童なし。そう、娘が割り当てられた小学校は場所が不便なせいか外国人に振り分ける余りがかなりあった学校。シンガポーリアンが選ばなかった学校なのだ。それにしても、皆もう少し気を使えよと思う。

校長先生の挨拶が始まった後、さっそく現1年生のダンスが始まった。最初はチャイニーズの歌とダンス(たぶん女子十二楽坊)からはじまりマレー、インドのダンスと歌が続く。最後は英語で締めくくられた。大変素朴であった。そして素敵だった。

「あ~、俺もシンガポールに残りたいな」と主人がつぶやく。そうなのだ、私たち夫婦はシンガポールのこういうところが好きなのである。多様であることを尊重しているところに惹かれるのだ。

もう一つ驚いたこと。それは教室に冷房がないこと。噂には聞いていたが、本当だった。ただそこまでは暑くない。体育館の中もクーラーはないのだが、天井に巨大なファンが回っており、暑がりの主人も「結構大丈夫なもんだね」と話していた。暑がりの娘も文句をいってなかった。

新生活の不安は尽きないけれどほっと安堵して帰路についた。しかし、その夜に教科書を見て腰を抜かすことになる・・・。

 

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PR Application~シンガポール永住権にトライする~

夫が帰任することになるかもしれない危機を迎えた我が家。危機をチャンスにということで先週末にエージェントを訪れた。

エージェントを使おうと思った理由は、

■今はオンラインで申請できるPR。しかし、エージェントを使わずにオンライン申請で通った知り合いはただ一人だけ。彼は自分で会社を経営しておりシンガポール従業員のCPF(社会保障費)を払っている。他は苦戦中。

■書類の不備等について指摘してもらえる。エージェント曰く書類に不備があると、本国の関係機関に問い合わせるとのこと。シンガポールほどスピーディーではないのでここでかなり時間のロスが発生するそうだ。

■申請タイミングも重要。シンガポールの永住権は国ごとに割り当てがある。年度の割り当てが埋まらないうちに申請する必要がある。

立派なシェアオフィスに居を構えるエージェント。
約束の時間を過ぎること15分、やっと担当者があらわれた。
本来私を担当するはずだった女性はMedical Leave(シンガポールでは有給休暇とは別に病欠休暇をとれる)で休んでいるとのこと。
出だしから結構不安だが、これがシンガポールさ、と自分に言い聞かせる。

小さなオフィスで説明が始まった。

■2008年以降の申請却下率は75%に上る。初回の申請で通過するのがベストなのでしっかり準備した方がよい

■まず、現在のシンガポールの国籍構成に応じて永住権も割り当てがある。一番多い中国人が7割を超え、その次にマレー、インドと続く。日本人や韓国人はその他のカテゴリーに入り3-4%ほど割り当てがある。

■でも心配することはない。中国人の枠はたくさんの申請者がおり倍率がめちゃくちゃ高い。しかし、「その他」のカテゴリーは申請する人もすくなく通りやすい

■Political Issueがある国出身だと永住権が取得しにくい。例えばインドと紛争を抱えるパキスタンや、中国と現在緊張状態にある香港の申請は今は膠着している。

■家族単位での申請が必要となるし、子供がいる家庭は有利。なぜなら親が年老いた時に面倒をみる世代を確保できるからだ。

■とはいえあなたのようなステイタスの人はたくさんいる。だから審査官にアピールすることが必要。ボランティア等でシンガポールに貢献していることを示さなくてはならない。

等々。やはりこの国の政府は賢い。国民が金をばらまいてもなかなか子供を産まないので、子供がいる移民家庭を積極的に受け入れているのだ。サンプルとしてみせてもらった中にはSパス(月額6,000ドル未満が目安)で通った家族がいた。5回リジェクトされたそうだが、エージェントを使って通過した。

エージェントフィーが高めだったのでそこは「初めての申請だから」と値切ってなんとか契約した。

2019年もそろそろ終わりを迎えようとしているが、我が家はこれから幕開けという感じである。

 

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日本語補習校の説明会に参加する

先週、日本語補習校の説明会に参加した。どしゃぶりの雨が降っていたにもかかわらず、会場は満席だった。子連れで来ている方も数名いらっしゃったので感心の高さがうかがえた。

 

補習校説明会の感想

日本語補習校の説明会に参加した私の感想は以下に集約される。

■ (小1の入学においては)駐在かつ専業主婦家庭が有利
シンガポールの補習校は誰もが入れるわけではない。特に小1の枠は60名(予定)の応募に対して現時点の説明会に来ている人だけで約80名とのことだった。このため入学試験がある。どういう家庭が優先されるのかというと、

  1. 家庭内では100%日本語である
  2. 補習校は週1回3時間のみ。従って平日のフォローアップが必須であり、それができること。
  3. 親の積極的な関与が学習だけではなく、運営においても要求される。それができること。
  4. 親の関わりが朝と晩だけで、昼間は現地の学校に行っていると母語が育っていないことがある。

 

私の周囲では日本人会の会員(個人会員)であってもなくても共働きの家庭は全員落ちている。筆記試験のない小1の入学テストでそんなに差がつくとは思えないので、やはり同じようなレベルの子が多数集まる場合には客観的な条件で振り分けられるのだと思う。実際、知り合いの子供は日系の保育園にいっていたが、夫婦ともに現地採用であった。そして合格できなかった。「大枚をはたいたのに落ちた」と言っていた。子供の勉強のフォローアップの観点だと、子供の日本語レベルが同じぐらいで、ママが働いているかどうかの違いがあるだけという場合、やはり専業主婦の家庭の方が補習校としては安心できるのであろう。

 

■ 日本人会の会員から優先されること、国際結婚のカップルの場合でも面接は日本語で行われること、こんな大事なことをなぜ説明会で言わないのか

日本語補習校の説明会に参加した後にホームページのFAQをチェックしてみた。そこで仰天したのだが、日本人会の会員から優先されることが明記されていた。国際結婚のカップルの場合でも面接は日本語で行われることも。もし日本語を理解できない場合には相手側が通訳を用意することも。国際結婚の人で困る人も多いはずだ。

なんでこんな大事なことを説明会で言わないのだ。入学要件に関わる話であり、これを説明すれば行かない人も多いはずだ。ちなみに日本人会の会員はすぐにはなれない。知り合いに推薦状を頼むなどステップが必要である。

 

 

補習校に行かない選択

 

周囲には補習校に行かずに別途日系の塾+夏休み1か月日本の小学校というパターンも多い。補習校はウェストにあるのでイーストに住んでいると物理的に毎週通うのは難しいと思う。そして帰国後どうしているかというと日本の公立校に無事になじんでいる。ただし漢字を追いつくのが最初は大変だったと言っていた。このためうちも公文+日系の塾+夏休み1か月日本の小学校というパターンにしようと思っている。しかしながら痛いのが出費である。補習校に皆が殺到するのはその安さもあると思う。一般の塾の半分の値段である。

アメリカの友人からはシンガポールは日本語の塾もたくさんあるからいいじゃないと励まされた。友人曰く、

■アメリカは現地校に行くという選択肢しかない。このため、補習校に子供をいかせているが、子供の学力は千差万別であり、人も集まっていない

■オンラインで日本語学習をするようになって随分子供の日本語力は向上した。帰国する来年にには中学受験をするつもりとのこと

あとは親の気合らしい。

私が補習校についてブーブー言っていると、横から夫が『補習校も大変だったんだよ。きっと。』と話してきた。たまには良いことをいう。実際、ホームページにもゆっくりクラスが開校しそして閉じた歴史が記載されていた。いろいろあって考えてあの説明会となったのだ。きっと。

比較は良くないがそれでも比較してしまうと、第2言語としてフランス語も日本語と同様に両親のMother TongueであればMandarin等の代わりに登録できる。そしてフランス語の補習校もシンガポールには存在する。実はMTLE(Mother Tongue Language Exemption)について私が情報を仕入れたのはフランス語の補習校である。実に親切にMTLEについて説明してあり、それをサポートすると記載されていた。たぶんフランス語補習校はシンガポールで働く、帰国の目途がたたないフランス人を応援すると決めたのだ。これに対して、日本語補習校の記載には1行もそれがない。せっかくシンガポールの公教育が第2言語として日本語を認めている(公用語ではないけれど)のにだ。数年で日本に帰る駐在員を支援すると日本語補習校は決めたのだ。そういうことなのだと思う。

 

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ゴッドマザーに相談する

うちの母は別名を「武将」という。この名をつけたのは主人の弟である。たまたま、私の父方のいとこと義弟は友人であり、いとこからいろいろ母の噂を聞いたらしい。

母は良くも悪くも自分のスタンスを変えることはしない。だからこそ母を好きな人は好きだし嫌いな人は嫌いだ。母にまつわるエピソードを紹介してみよう。

エピソード1:あんたの保護者会は時間の無駄

だいぶ刺激的な見出しである。私は良妻賢母をうたう中高一貫校に中学から高校まで通った。ミスチョイスとしかいいようがない。娘に自立を常日頃から言っていた母がなぜこの学校に娘が通うのを選んだのか全く不明である。さてこういう学校の保護者会はいわゆる進学校のようなギラギラしたものではない。懇親会の形をとる。なにせ卒業生8割の進路は系列の女子大なのだ。勉学よりも礼儀作法が重要なのだ。あの頃、既に山一証券が破綻しバブルははじけていた。しかし、女の子の王道は女子大を卒業し、銀行、商社の一般職で就職して結婚というのがまだまだ信じられていた。

さて、見出しの言葉はその保護者会に出た後、帰宅するなり母が私に言い放った言葉である。保護者会では基本的に以下を話し合ったらしい。

- 子供の成績
- 子供の素行
- 年間行事

普通である。何がそんなに頭にきたというのだ。「子供の成績のことばかり話してくだらないわよ」というのが母の結論であった。私は思った。集まる保護者も専業主婦のママたちである。そのママたちがまさか世界情勢について語るわけあるまい。政治経済について語る方がむしろお門違いである。

以後、母はこういった懇親会には出なくなった。

 

エピソード2:それで収入はあるの?

冒頭に戻ろう。父方のいとことの仲が決定的に悪くなった事件がある。母が我慢できないこと。それは人を見下す人間と女癖が悪い男である。いとこはそこまでひどくないのだが、やや親分肌が過ぎる時がある。正月に我が家に遊びに来た時のことだ。いとこは自分が事業を拡大しているという話をしだした。本業の他に空手を教えだした。みんなが自分に頭を下げて習いたいと言ってきた。それは事業と言えるのか、甚だ疑問だったがいとこは気持ちよさそうに語っている。私と父はふんふんと聞いていた。父にとってはいとこは大事な一族の跡取りである。父は「長男教」の信者だ。我が家には男の子が産まれなかったから、いとこは一族の名を継ぐ大事な跡とりだといっていつも丁寧にもてなしていた。

しかし、母は長男教を鼻で笑う人である。いとこの話を聞いているそばからいきなり「それでもう空手はどのぐらい利益が出ているの?」と具体的な事業計画を聞きだしたのだ。時期は正月である。みんななんとなく今年の抱負をふわふわと語りたいのだ。別にいとこだって大きく自分を見せたいだけなのだ。しかしあいにくいとこは1.女癖が悪い、2.人を見下しがちという二つの地雷をもっていた。

正月からいとこは顔を真っ赤にしてどれぐらい自分の道場に人が集まっているのか話し出した。「でも1回500円でどうやって利益出すの?」母の悪い癖だ。1回500円で利益が出ないことぐらい皆分かっている。父が最後に「俺も習いに行きたいな」と言ってその場をなだめた。この事件をいまだに、いとこは根にもっているのであろう。

さて、この「武将」ならぬゴッドマザーに私はさっそく今回のことを相談した。ゴッドマザーもすでに70歳に突入している。以前旦那の「資格熱」について愚痴ったら「女にうつつを抜かすよりよい」「資格に夢中になるぐらいかわいいものだ」という返事だった。

しかし、今はその時と状況が違う。「その資格ってどのぐらい価値あるの?」ときた。

- 家族が一緒に過ごすことが最優先課題
- 年収は下がってもシンガポールで転職してもらえ
- 資格を取った後に転職すればよい
- 資格を取るのを待っていたらいつになるか分からない

というのが結論であった。確かにわが夫には数々の資格に挑んだ結果、未踏になった記録しかない。

さすがに母でも単身赴任が良いという結論にはならなかった。ただ、「年収が下がっても転職したらいいではないか」というあたりが長年あまり「仕事」が得意ではない父を支えてきた母らしい助言である。

 

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いよいよ帰任かもれしない

来年にはもしかしたら帰任かもしれない

先週末、夫ががっかりした顔で帰ってきた。「なんだか来年には帰ることになりそう」なんだそう。
帰任の話は今年の5月から出ていた。

困ったことが起きました

夫の辞令にどう対応するか

私は4年前に仕事を辞めてシンガポールについてきた。

(その時の葛藤はこちら↓)

今はシンガポールになじみ、友人もできたが当時は大変だった。
夫は基本的に出張で不在。私は慣れない職場に悪戦苦闘。長女はイヤイヤ期真っ盛り。
そして当時、どことなく夫は私が帯同しことを当然だと思っている節があった。

ある日、売り言葉に買い言葉で夫がぽろっと「俺の仕事とKitoriの仕事を一緒にしないで」と言った。
我ながら執念深いと思うが、今でも私はこの言葉を根に持っている。
私が仕事を変えたのは夫に帯同するためである。家族が一緒に住みたいという意向を強く夫は持っていた。だから私は前職をやめて渡星したのだ。
でもそのことを夫はもう忘れてしまっている。当たり前だが、夫は家族ではあるが、私ではない。私の人生を真剣に考えられるのは自分だけだ。

感謝を忘れるというのはめちゃくちゃ簡単であるからこそ、感謝を期待してしまう環境に身を置いてはいけないということを私は思い知った。

PR(永住権)の申請準備を始める

5月に帰任するかもしれないという話を聞いた後、私はPR申請について情報収集しだした。
10年前はPRへの招待状が政府から来たくらいシンガポール永住権取得は容易だった。
残念ながら時代は代わり今は大変に難しい。知り合いは既に半年以上永住権の結果を持っている。
私はいくつかのエージェントにコンタクトし話を聞いた。

ー申請者の年齢が45歳ぐらいまで
ー子供がいること
ー十分な所得があること

が申請に有利だという話で、永住権の申請を勧められた。しかし書類を出しておしまいというような単純な話ではない。

本気で申請するならボランティアをしたり寄付、献血、推薦状の添付など自分がいかにシンガポール永住権を取得するのにふさわしいのかということを証明しなければならない。
このため、私は夫の帰任が決まってからにしようといったん保留にした。

夫の気持ち

私の夫はかなり忘れっぽい人である。先週末、渡星当時に私に言い放ったことを蒸し返すと、既に忘れていた。
俺そんなこと言ったんだねと、しみじみ言われてしまうと、恨んでる方がばかばかしくなる。そして「悪かった」と謝ってきた。

日本への単身赴任はものすごく嫌なようだった。ただ4年前と違うのはいきなり転職活動しようとしだしたことだ。シンガポールに残れる道を探したいとのことだが、これはいくらなんでも急すぎる。

無一文になるとPRをとれなくなるよ。あと今やりかけている資格を取ってから転職活動したらと一言いうと、頭が冷えたようだった。

こんなこと私が言わなくても自分で気づいて頂きたい。今のところ彼はいったん日本に帰り、今取りかけている資格を取り終えたらシンガポールで転職活動をするという話でまとまっている。ただ昨日からいそいそと履歴書を書いている。夫が先走らないように釘を刺しておかないといけない。

子供たちの気持ち

家族が一緒に暮らすことの大切さを私なりにずっと悩んできた。しかし、現在のところ物理的に一緒に暮らすだけならあまり意味がないと思っている。一緒に暮らしていても心が離れている人はたくさんいるし、一緒に暮らしていなくても心が近い人もたくさんいる。こういう風に思うようになったのは割と私の周囲には奥さんと子供だけ残っている人がいるせいなのかもしれない。一番いいのは一緒に仲良く暮らすことだ。でも人生は一番良い選択を常にできるとは限らない。一番良い選択をできなかった時にどう対応するのか、どういう心持でいるのかが割と大事だと思うのだ。

私が残ろうと思った理由は単純にシンガポールの方がいろいろとチャンスが多いと感じていることである。ざっくりいうと教育水準の高さと多様性は素晴らしいと感じている。多様性を強みにできている国はあまり多くないが、シンガポールは非常にうまくいっている。だからこそ父親と数年一緒に暮らすことを棒にふったとしてもここで暮らすことはメリットがあると思った。

PRが取れなくても、転職活動がうまくいかなくても、最悪私のDP(配偶者ビザ)で働けるよと主人にいうと「それは嫌だ」とのことだった。
主人もシンガポールでのビジネスに手ごたえを感じているらしいし、自信があるようだ。

4年前と違って私たち夫婦はだいぶ強くなった。

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